須田泰成「モンティ・パイソン大全」(洋泉社)


「モンティ・パイソン大全」表紙

 自他共に認めるモンティパイソンの熱狂的なファンである当方は、この本の出版を数ヶ月心待ちにしていた。何しろ99年はモンティ・パイソン結成30周年記念の年である。98年秋に NHK 第一放送で「Monty Python's Flying Circus」が放送されたし(たった四回だけ・・・)、日本でも何度目かのブームを迎えることを祈っている。とりあえず廃盤になっているビデオは再発してほしいものだ。

 しかしこの本が紀伊国屋書店、丸善で売り切れていたのには驚いた。はじめ丸善で書名を告げたとき、「ゲームの攻略本ですか?」と言われて店員の首を絞めたくなったが、三冊仕入れたが売り切れたので現在十冊取り寄せている、と聞いて何だか誇らしい気分になった。既に何かが動き出しているのかもしれない。


 さて、本の内容だが、労作であることは間違いない。非常に有用でもある。パイソンのスケッチ(コント、ネタ)で日本人に解りにくい「ご当地ネタ」について、いささか過剰ではあるが非常に分かりやすく解説してくれている。

 しかし残念なことに誤植、誤記が散見される。洋泉社の大矢氏は上記の掲示板にも顔を出されるが、どうして日本のパイソニアンの誰かにチェックしてもらわなかったのだろう。この本の編集が非常に逼迫した状況で行われたのは知っているので同情はするし、作者の須田泰成氏には感謝したい。例えば有名な「ワールドフォーラム」スケッチにおいて、司会者がカール・マルクスにサッカーのクイズを出して困らせる場面も、そのままでも面白いが、その背景となる意味性を知ると、また格別に思える。だが、この本の作者は笑いが何でもかんでも差別と偏見と揶揄に納まる、と思っているように感じられるのは気になった。

 ありきたりな感想だが、パイソンの偉大さを改めて思い知らされた。ある種の恐ろしさすら感じる。「血の日曜日」などのテロの季節を背景にしてアイルランド人を土人扱いしたり、女王陛下観覧という前提のもとでカニバリズムスケッチをやったり、パレスチナ紛争のさなか「ライフ・オブ・ブライアン」を作ったり(キリスト原理主義を敵にまわしたという点で、スコセッシの「最後の誘惑」の十年前!)、とその人間の本質を見据えたブラックでラジカルなギャグは背景を知れば知るだけ興味が掻き立てられる。それがイギリスの国営放送でゴールデンタイムに放送されてたんだから。安全地帯から受けねらいの差別ネタを得意げにやって過激を装う日本のお笑い芸人崩れの連中はパイソンから学ぶところが多いだろう。全てを笑いのめすというのはこういうことを言うんだよ。


 この文章を書いている時点で、メンバー同士の合意が取れず、再結成公演(もしくは映画)が行われるかも雲行きが怪しくなっている。僕にとっての「恐怖の大王」の再臨を祈らずにはいられない。それがパイソンの最期であり、二十世紀という何の神話性を持てなかった役立たずの世紀の幕引きになってくれるはずだから。


[後記]:
 結局30周年再結成公演は実現されなかったが、1999年末から日本においてポリグラムから「Flying Circus」のビデオ再発が開始したのは本当に嬉しかった。


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初出公開: 1999年02月08日、 最終更新日: 2000年01月09日
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