死を忘れるな!


 「猿の手」という古典怪談をご存知だろうか。

 父親、母親、息子の三人家族が、望みを何でも三つ叶えるという伝説を持つ猿の手を手に入れる。家族は軽い気持ちで自分達の借家(か土地だったか)を買い取れる額のお金が手に入ることを願う。数日後、夫妻はちょうどぴったりの額のお金を手に入れる。そして、残り二つの願いも言葉通り叶えられる。

 それのどこが怪談なんだ、と言われそうだが、後は本を読んでください、としか言いようがない。作者は W. W. ジェイコブズ、創元推理文庫の「怪奇小説傑作収1」に入っていた筈だ。また、この作品を下敷きにしたのがスティーブン・キングの「ペット・セマタリー」である、と書けば大体の内容は想像していただけるだろう。


 少し前、コティングリー妖精事件を扱ったテレビ番組を見た。この事件は近年にも「フェアリーテール」として映画化もされたし、少女が妖精らしきものと戯れる写真を見た人は多いだろう。

 事件から半世紀以上経ち、当事者の二人は妖精の写った写真がトリックであることを認めたが(しかし、内一枚は未だに未解明らしい!)、元々は家族を亡くし南アフリカからイギリスにやってきた従姉妹を元気付けようとしてやった、少女のちょっとした遊びに過ぎなかったのだ。それが思いがけずイギリス中を巻き込んだ騒動に発展してしまった。

 そして、写真を世に広める立役者となったのが、名探偵シャーロック・ホームズの生みの親として有名なコナン・ドイルなのだが、この人も妖精事件だけでなく、交霊術にハマリまくりの狂気じみた晩年をおくったことは知られている。だが、彼がオカルトにのめり込んだのも、戦死した息子ともう一度話がしたい、という一人の親としての悲しくも普遍的な願いがきっかけだったようだ。


 筆者は肉親の死を祖母以外に体験していない。しかし、僕は両親にとって遅く生まれたので、同年の他の人と比して早く両親との別離を味わうことになる(当方が先に死んでも別離には違いない)。

 その事実がこの一年ぐらいではっきりと僕にも掴めてきた感じがするのだ。

 何を今更、と言われそうだがごもっとも。僕にしても、自分や家族が不老不死だ、などと幻想を持っていたわけではない。

 しかし、だ。認知と認識が異なるように、本当に父親が、母親がいずれ死ぬ、という事実が心の底から実感できたのは本当に最近のことなのだ。ついでに書くと、自分自身の死については底の方ではまだ分かってない、ように思える。恐らくは分かることなく死ぬんだろうな。死んだ後にでもいいから、認識できるといいのだけど。


 両親もすっかり衰えた。外見上も内面的にも。辿る道が見えてきた感じだ。母親は女性であるからか少しは他者の視線に敏感で、「あんたワタシの白髪見よるとね」と僕を睨んだりもする。

 そうだよ・・・でも、違う。僕があなたに見るのは白髪だけじゃないんだ。その先が見えるんだ。

 理不尽に思えてならない。誰かのせいにしたくなる。ひどいことをされました、と誰かに訴えたくもなる。祖母が死に行く姿を見て分かっていたつもりだったのに。


 初めて、実家に帰るのが恐くなった。僕は親に何もしてやれてないのに。でも、これからだって何もできないだろう。何も残せず、何も引き継げず。

 優雅に老いたい、威厳を持って死を迎えたい、と言う人は多い。僕にとってはどうでもいいことだ。僕のようなクズが優雅な老いを願うなど資格はない、などと書かなくてもみっともなく、うっかりと無様に死ぬに違いない。僕が望むのは、家族の死を威厳を持ってしっかり迎えられるか、ということだ。


 もしくは明るく笑い飛ばしたい。

 昨年のことだ。用事があり、実家に電話した。一通り母親と話しをする内、その日がエイプリル・フールだったので、何か一つブラックな嘘でもかましてやろうと、「そいじゃあ、婆さんによろしく言っといてくれ」と明るく言い放ち、母親の反応を待った。当然祖母はこの世にいない。

 母親は一瞬、言葉につまり、あんたもいいこと言うねえ、とひどく感心した様子だった。当方は逆に合点がいかない。受話器を置いてから気付いた。四月一日は祖母の命日だったのだ。笑いはひきつったものに変わった。

 明るく死と対峙するのは、例えそれが他人の死であっても難しい、ということか。


 以上とは全く関係ないが、先日テレビを見ていると、妖精が現れ、望みを一つだけ叶えてやる、というシチュエーションのアニメがあった。対する男は即座にこたえた。

「じゃあ、とりあえず叶えてくれる望みを百個にしてくれ」

 なーんだ、その手があったのか!


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初出公開: 1999年05月20日、 最終更新日: 2002年07月14日
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