3. ゲームは描かれるもので、プログラムされるものではない

昔々、プログラマーはベッドルームでスペース・インベーダーのコードを書いていたものだ。それにはアーティスティックな能力が欠けていたって何も関係なかった。だって誰も 8x8 サイズのモノクロのドットで優れたグラフィックなんて書けやしないのだから。

ハードウェアが進歩し、32x32 ドットで 16 色もの色を選べる環境を持つとなると、素敵に見えるスプライトを作るのはずっと難しいものになる。ゲーム会社は、プログラマーがグラフィックに悩まされずに済むように、アーティストを雇った。ゲームはずっと見た目がよくなりだした。

更にハードウェアは進歩し、標準的な PC 上でも十分高速に動作するので、とある秀才が三次元レンダリング・エンジンをでっち上げる方法を考え付き、すぐに大金持ちになった。多くの他の人たちもすぐに理解し、自分でエンジンをでっち上げ、よりよいものが絶えず発明され、より高速に、よりよい見た目で動作するコツが発見されだした。それで金持ちになったものもいれば、そうならなかったものもいる。つまり競争が激しかったのだ。こうしたエンジンは、巧妙なプログラミング技術に深く依存していたので、レンダリングする方法についてどれを選ぶかで、できることに大きな違いが出たし、アーティストは、プログラマーが提供するどんな技術についても最善を尽くさなければならなかった。

近頃では、どんなバカでも 3D エンジンを書くことができる。好みの 3D API からルーチンを呼び、ハードウェアがあらゆるトリッキーな処理をやってくれる。動作が遅いからってそれが何だというのだ。翌年にはマシンはもっと速くなり、そのときには万事OKなのだから。もちろん、熟練したプログラマーには未だに役割があって、よく作りこまれたエンジンは、過度に単純化したバージョンよりも数倍高速に動作しうるのだが、結局のところ、それほど大きな違いが出るわけではない。ハイパーパラボリック四倍なんとかバッファリングの仕組みが、これまで発明されてなかった驚くべき特性を持っていたからってそれが何だというのだ。だってとどのつまり、全部アーティストが処理しうることに落とし込めるのだから。ヘボ・アーティストが醜いゲームを作る一方で、優れたゲーム・アーティストは、ちょっとしたポリゴンやテクスチャー・マップで驚くべき効果をあげることができるが、これは 3D エンジンがどんなに技術的に進化しようと変わらない。プログラマーの役割は今では、アート・テクノロジーに関して前面で引っ張るというよりも、優れたツールを作り、アーティストやレベル・デザイナー(訳注:レベル・デザイナーとは、ゲームエンジン上でユーザが楽しめるようゲームの各ステージ(レベル、面)におけるシナリオや仕掛けを制作する人を指す)が仕事をできるだけやりやすくするようにすることになっている。

もし私の書くことを信じないのなら、Valve が ID Software から Quake 用のエンジンをライセンスして、やったことを考えてみればよい。Half Life は大成功を収めたが、それは基礎を成したエンジンのおかげではなく、レベル・デザイン、敵の AI、そして最も重要だったのが、強烈で説得力のある環境へ没入できたことにあった。以上のことを全部達成するためには、恐らく相当多くエンジンの拡張が必要だっただろうが、それはゲームを売るための要素であって、エンジンの拡張そのものを目的としたものではなかった。

興味深いのは、アーティストやレベル・デザイナーがこれほど重要になったことを誰も認識してないように思えることだ。彼らの平均的な給料に目を向けてみよう。同じくらい才能のあるプログラマーとアーティストがチームで一緒に働くのは全く珍しいことではないが、プログラマーは仕事量に比して(アーティストより)ずっと大きな額を稼いでいる。もしそのことを尋ねられたら、大抵の経営者は、腕がいいプログラマーを見つけるのが難しいからだと説明するだろう。でも優れたアーティストだって同じくらいめったにいないのだし、プロジェクトが成功するかどうかについて同じくらい不可欠な存在なのだ。本当の差異は、アーティストが優れているかどうか判断することが、主観的価値による判断に過ぎないのに反して、プログラミングができないと(ゲームが動作しないから)客観的に分かるところにある。

思うに、大抵のゲーム・アーティストの給料は安く、大抵のプログラマーの給料は高い。そうであるなら、もし私がゲーム開発会社をやるなら、私は自分のとこのプログラマーの給料にかかる出費を減らす方法を見つけるのに難儀するだろう。一つ分かりやすい方法として、エンジンをオープンソースにして、他の人たちに改良させるというのがある。

フリーソフトウェアプロジェクトは、同様に優れたアーティストを雇う重要性を過小評価しているようである。これは一つには、ハッカーのサークルに関わりを持つアーティストがそんなに多くないせいで、プログラマーの誰もがアーティスト抜きでやるのに慣れていたということがあるが、またもう一つには、ハッカーというものが純粋なテキスト情報で、 複雑で解しがたくてパワフルなことをする方法を知っているのを鼻にかけ、表面的な外観を信用しない傾向があるせいである。どっちももっともらしいが、ゲームは主としてエンターテイメントであり、アートではない。僕の弟なんて大爆発ものがお好みだよ。


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初出公開: 2000年03月26日、 最終更新日: 2006年04月14日
著者: Shawn Hargreaves
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)