ハロウィン文書の真価

著者: Eric S. Raymond

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Eric S. Raymond による The Halloween Documents: An Appreciation の日本語訳である。

この文章は Eric's Random Writings のリストには含まれていない。その理由は本文の冒頭でも宣言される通り、鮮明なアンチ・マイクロソフト感情が爆発しまくっているからで、所謂ハロウィン文書のリストにも公式には含まれていない。但し、本文の一部はハロウィンIIIと重複している。

本翻訳文書については、武井伸光さんに誤記の訂正を頂きました。ありがとうございました。


「アンチ・マイクロソフトの恨みつらみ(anti-Microsoft jeremiad)」と書かれたリンクを辿ってきたんだよね。もしそれ以外のものを期待しているなら、今立ち去るべし。だってここは、これらのメモ[訳注1]とレドモンドのボーグどもを描写する全てに対して僕が鬱憤をぶちまけるところなんだもの(非公式のだよ。オープンソース・イニシアティブでの仲間である評議員達が、僕に OSI のサイトからこの文書を外すように求めたんだ)。

僕は二十年近くに渡り、マイクロソフトがゲームを突き進むのを見てきたが、ハロウィン文書には堪忍袋の緒が切れた。僕はブチ切れたし、もうこれ以上は耐えられそうにない…

これらのメモはマイクロソフトの企業文化で事実と思われること、つまり島国根性、傲慢、市場と顧客の両方を支配する強迫的衝動、FUD 戦術の時折の採用、そしてデバイスに対してオープンな規格であるべきものの独占囲い込みによる悪用、といったことを裸にしてくれた。

もっと具体的に言うと、ハロウィン文書は、マイクロソフトが Linux や他のオープンソース・プロジェクトに如何に深刻に脅かされているかを、正確に暴露している。同時に、マイクロソフトがオープンソースを食い止めるためには用いることもいとわない、汚いイカサマについて詳細に暴露している。

でもハロウィン文書に驚いた誰もが、目を覚まし、コーヒーの匂いを嗅いでみるべきなんだ(もしかしたら Microsoft Java[訳注2] になっているかもしれない)。これらの文書で述べられていることが、マイクロソフトが顧客にとって姑息で、非競争的で、そして虐待的な戦術を企むのが初めてであるなんてことはもちろんない。まったくもってお見事なマーケティングに塗り固められた、いかがわしい振る舞いというのは、連中がビル・ゲイツの裕福な親御さんに補助金を出してもらって活動しだしたガレージ会社だった頃からの、マイクロソフトのビジネス慣習における一パターンだったのだから。

ビル・ゲイツには初めから閉口させられてきた。奴がリッチになったのはどうでもいいのだけど[訳注3]、奴の軌跡を辿れば、奴が素敵なデザインのアイデアも、よく書けたソースコードをほんのちょっとも知ってやしないと分かりそうなものなのに、奴が自分のことを究極のハッカーだとか、テクノロジーへの神からの特別の贈り物だとか言いふらすのは我慢がならない。奴が作ってきたのは、鎮静剤をキメた豚みたいに動作し、電子一個分の電圧低下でクラッシュし、コンピュータの世界を少なくとも十年にわたって後退させてきた、何十億も売り上げた、入念にシュガー・コーティングされたウンコじゃないか。

ビル・ゲイツは「革新」を擁護するふりをしてるだけなんだ。もし彼が革新をやってのけることがあれば、僕は彼に敬意を表するよ。でもね、マイクロソフトがその言葉の意味するところを知っているかどうかだってかなり怪しいものだ。発明するでなしに、鍵となる技術を買収するか完全にかっぱらうことが、マイクロソフトの初期の頃からのやり口なんだ。以下に挙げるリストを考えてごらんよ…

MS-DOS:(ティム・パターソンから)買い付けた。PC1 BIOS のコード:(ゲイリー・キルドールの CP/M BIOS から殆ど1ビット違わず)かっぱらった。Windows のインタフェース:(アップル社から資格も得ずに)まねた。常駐型ディスク圧縮:(Stac Electronics 社から)かっぱらった[訳注4]。Internet Explorer:(Spyglass 社から)買い付けた、もしくはかっぱらった。誰の言うことを信じるかによる[訳注5]。そしてこれは一覧表のごく頭のところでしかない…

そして最悪なのは、これが絶対的に最悪なのだけど、奴がコンピュータ・ユーザに、独創性がなく、安っぽく実装されたウンコを期待し、愛しすらするように慣らしたことだ。何百万もの人々が、オペレーティング・システムが脆弱なので、週に三度も四度もハングしたり、壁紙よりか重要なものを入れ替えるたびに再起動しなければならないのを正常で普通のことだと考えているんだ。ちくしょう、1975年[訳注6]当時よりも、もっとよりよいやり方というものを分かっているというのに。

もしあなたがエンジニアでなければ、攻撃的な大抵の技術オタクがこの種のことをどれぐらい深く見通しているか分からないかもしれない。マイクロソフトがコンピュータの世界に対して、ユーザの期待に対して、僕が愛するプログラミング技術に対して行ってきたことを目の当たりにすると、本当に苦痛を感じるんだ。でもとりわけ、ゲイツ君が万人に対して計画してきたマイクロソフトのみが存在する未来に生きることを考えると、憤怒や嫌悪で僕は胸くそ悪くなる。

リーヌス・トーバルズはジョークで世界征服と口にしたりするが、ビル・ゲイツの場合はそれがマジなんだ。過去マイクロソフトがやってきたことはとてもひどいことだが、過去には連中と戦争状態になったことはなかった。現実問題として、連中は僕や僕の友人に安全な場所を全く残してくれなかった。連中は我々が血と汗と頭脳でもって築き上げたインターネットをハイジャックしたいのだ。つまり連中は至る所のコンピュータを上意下達の支配下のもとに置こうという腹なんだ。連中はすべてを永久に支配することを決意したのだ、アーメン。

それこそがハロウィーン文書が根底に持つ最も深い意味である。そして、結局のところ、それこそが僕がビル・ゲイツの敵であらねばならない理由なのだ。


[訳注1] ハロウィン文書のこと。

[訳注2] ジャワ産のコーヒーと Sun が開発したプログラミング言語 Java、そして Java を巡って当時 Sun がマイクロソフトに対して訴訟を起こしたことをかけている、などという話は書くだけ野暮かな。

[訳注3] 運命の皮肉というわけでなく、当然の成り行きだろう、ESR もリッチになった。無論ゲイツ君には及ばない。オープンソースはビジネスにはなっても、血税を絞り取ることはできない。

[訳注4] MS-DOS Ver.6 に付属するディスク圧縮プログラム DoubleSpace について、Stac Electronics 社は特許侵害であると訴訟を起こし、1994年2月、ロサンゼルス連邦裁判所における1370万ドルの賠償を命じる陪審の評決でもって勝訴した。

[訳注5] これについては訳者も断定的なことは書けないが、Spyglass社は NCSA Mosaic をベースにして作成したブラウザをマイクロソフトを含む各社にライセンスしたこと、そしてマイクロソフトがライセンス料を適正に支払ってない、と Spyglass 社が非難したことがあるのは事実だ。またついでに書いておくと、Internet Explorer を作り上げるために、マイクロソフトは Spyglass 社以外にも多数の企業の技術の供給を得ている。

[訳注6] 1975年というのは、ビル・ゲイツがポール・アレンとマイクロソフトを設立した年である(但し当時の社名は Micro-Soft)。


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初出公開: 1999年12月12日、 最終更新日: 2001年02月25日
著者: Eric S. Raymond
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)
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