極私的90年代ロックアルバム10選、
に入らなかったけど愛着のある10枚


 以前「極私的90年代ロックアルバム10選」というのを作ったが、そこから洩れたアルバムにどうしても愛着があったり、後から思い出したり、といろいろあり、「裏ベスト10」みたいなリストを作ったらどうだろう、と遣り出すと目茶苦茶盛り上がってしまった。それが以下のリストである。

 ただ盛り上がりすぎて、それぞれのバンドのファンでないと意味不明の文章になってしまったのは申し訳ない。コアなロックファン向け。

 例によって、アーティスト(バンド)のアルファベット順に並べている。つまり、順不同。括弧内は発表年。


Aphex Twin 「Richard D. James Album」(1996)

Richard D. James Album ジャケット

 ダンスミュージックの機能性から解き放たれたドラムン・ベース、というのは他の人も試みているのだろうが、このアルバムの繊細で美しい響きはその最上のもの。テクノ隆盛のご時勢だが、プロディジーのようなイモと彼が一緒に「テクノ」で括られるのを見るのは嫌になる。

 しかし、このアルバムのおっかないジャケットといい、狂暴な「Windowwlicker」のビデオ(買っちゃったよーん)といい、本当にとんでもない人だ。新作が楽しみ。

Belle & Sebastian 「If you're feeling sinister」(1996)

「天使のためいき」という邦題を付けた奴は死ね

 絶賛にまみれた評判ばかり聞いて意気込んでアルバムを買ったが、第一印象はさほどでもなかった。しかし、段々と彼らの音の魔力に憑かれてしまった。こんな静謐な音楽が強力な磁場を持つのはすごい話だ。

 個人的にはセカンドよりファーストである本作の方が好き。ライブを日本で見たいが、ものすごくヘタだったりして。

Cure 「Wish」(1992)

Wish ジャケット

 Cure は一貫して好きだ。「空白の80年代」などと言われるが、The Smiths、Cure、そして New Order(祝! 復活)などは心底好きなんだけど。その中でも90年代に入ってもマイペースな活動をしてくれた彼らの傑作。個人的には前作「Disintegration」(1989)がマイベストであるため、今作は割を食った形だ。いい曲が前作に劣らず多いのだが、曲順が余りよくない気がする。M4なんか後半のクライマックスに持ってくればよかったのに。今作はポール・トンプソン(ギター)、ボリス・ウィリアムス(ドラム)という闊達なプレーヤーの参加した最後のアルバム。

 ベスト盤発表時のインタビューで、ロバスミ君は99年に発表されるアルバムが Cure の最後のアルバムになると予告している。バンド解散に関してはロバスミ君は狼少年と化しているが、本当だとしたら、是非有終の美を飾ってほしい。

King Crimson 「Thrak」(1995)

Wish ジャケット

 90年代に入ってこれだけ気合の入ったクリムゾンを拝めるなんて、実はプログレに音楽観を大きく左右された経験のある筆者からすると感無量である。エイドリアン・ブリューがまたメンバーに入っていると知ったときには、他のフリップ真理教信者と同じく天を仰いだものだが、この作品のお陰で80年代「ディシプリン」クリムゾンも逆算再評価されたし、本当によかった。

 しかし、数年前からぼちぼち始まった「プロジェクト」シリーズはともかく、次回の「フル・モンティ」クリムゾンには、ビル・ブラフォードとトニー・レヴィンは入らないらしく、がっかりである。正直なところ、フリップはブラフォードをもてあましたんだろうなあ。

Nick Cave & The Bad Seeds 「Henry's Dream」(1992)

Henry's Dream ジャケット

 80年代一部で「暗黒大王」と呼ばれながら、破滅的な歌をうたい、本を書いたり、映画に出たりしていたニック・ケイブだが、マルチタレントというより、自分の表現衝動がスマートに一つの形式に納まらなかったのだと思う。それがようやく「テンダー・プレイ」あたりから本業である音楽に定着し、本作で頂点を迎えた。

 自分の表現の本質を曲げることなくポップに展開できたのは彼にとっても聞き手にとっても幸福なことで、このアルバムでも冒頭の二曲の勢いは感涙ものだ。何度聞いても大声で歌いながら悶絶して床を転げまわり、立ち上がって部屋の壁に飛び蹴りしてしまう。

Oasis 「(What's The Story) The Morning Glory?」(1995)

Morning Glory ジャケット

 何でこのアルバムがベスト10に入らなかったのだろう。恐らくはこの後の駄作「Be Here Now」のせいで彼らに対する株価が下がっているからか。

 でも、このアルバムはいい曲ばっかり。労働者階級のイカレポンチ兄が極上のメロディーを書き、イカレポンチ弟が凄まじい音圧で歌い飛ばし、最高のロックンロールに結実して大金が転がり込む。ロックの世界ではこうした痛快なことがあるから素晴らしいんだ。

 ノエル兄も「一曲四分以内に収めるようにしている。俺のプログレ時代は終わった」そうだから(もうちょっと気の利いた表現ないのかね)、次作はタイトなものになりそうだ。頼むぜ、アニキ。

The Artist Formely Known As Prince 「Emancipation」(1996)

 80年代音楽的なイノベーションを一手に引き受けていた感のあるプリンス(面倒だ。この表記で通すぞ)だが、90年代の活動は迷走、とまとめても間違いないように思う。改名騒動やらうんざりだったし、全盛期と変わらぬリリースペースには敬服したが、内容は80年代と決定的に密度が違った。そのプリンスの90年代のベストを選ぶなら三枚組三時間というボリュームを持つ今作で決まりだろう。

 しかし、この作品でも正直なところ僕は完全には満足できなかった。ないものねだりに違いない。聖と俗、愛と憎悪、黒と白が見事にハイブリッドされた密室性の高いサウンドを今も求めているのかもしれない。これは聞き手にとってもプリンス自身にしても不幸なことに違いないのだが・・・

Sting 「Soul Cages」(1991)

Wish ジャケット

 スティングなんて終わってるじゃん、と言われそうだが、僕は彼のことがポリス時代から(勿論リアルタイムではないが)現在までずっと好きなのだ。このアルバムについては賛否両論あったが、個人的に当時退職した父親について色々思うところがあった時期にリリースされたアルバムで、それと内容が重なる個人的に最も思い出深いアルバムである。

The The 「Dusk」(1993)

Dusk ジャケット

 バンドスタイルになって二作目の今作であるが、如実に分かるのは結局マット・ジョンソンの音楽観で完結しているという事実である。ジョニー・マーが加わったときの取って付けたような日本の評価の高まりなど、まったくの勘違いでしかなかった事がよく分かる。今作でも、ところところで聴かせる美しいハーモニカ(!)以外は、マーは道具程度の音楽的貢献しかしてない。結局奴がその程度の表現者だと言うだけの話。でもデビッド・パーマー(いい加減元 ABC っていうの止めろよ)の英国本流のドラムはかっこいい。

 はっきりいってマット・ジョンソンの独特の生死観、道徳観は僕なんかに理解できるシロモノではない。一般的な西欧人のキリスト教条主義とも立場を異にする。「異教徒のゴスペル」と評した人がいたが、それぐらいの確信と異化作用がある。

 どの曲も恐るべき真面目さに満ちていて、歌詞も読み出すと離れられなくなる。曲としてはラストの「ロンリー・プラネット」の開放感が一番なのだろうが、「スロー・エモーション・リプレイ」で歌われる「誰もが世界のどこがおかしいのか分かっているのに、僕には自分の中で何が起こっているのかすら分からない」という地点から(他の人はどうか知らないが)僕は一歩も進めていない。

 マット・ジョンソンももう少し多作だったらなあ。次のアルバムは何時なんだろう。

Tricky 「Pre-Millennium Tension」(1996)

Pre-Millennium Tension ジャケット

 このアルバムが彼の関わった作品の中で最もとっつきやすいと思う。トリッキーには粗暴な印象があるが、見事なまでに粒ぞろいの楽曲が集められている。一番好きなのはやはり「She Makes Me Wanna Die」で、マッシブ・アタックの「ティアドロップ」もそうだが、ブリストル系のバンドはダウナーな曲が素晴らしい。何でゴロツキのような佇まいのこの男はこんなに聞き手を突き落とすような美しい音が創れるのだろう。


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初出公開: 1999年05月09日、 最終更新日: 2001年11月23日
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