二つの代表を巡る大嘘

著者: Eric S. Raymond

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Eric S. Raymond による Two faces and Big Lies の日本語訳である。

これは「DVDCA と大きな嘘」の続編とも言える文章である。ここでは DeCSS に加え、急速に普及したファイル交換ソフト Napster(と Gnutella)を俎上に上げている。

本翻訳文書については、以下の方々にご教示を頂きました。ありがとうございました。


DeCSS と Napster、これらは革命の二つの代表である -- 技術のうねりはメディア産業を一掃し、数十億ドル規模のビジネスモデルを、うねりに飲み込まれた小船であるかの如くひっくり返さんとする脅威を与えている。進行中のパワーシフトが常にそうであるように、こうしたテクノロジーには、能弁な支持者と敵意に満ちた敵役がついてまわっている。

これも毎度のことであるが、イデオロギー闘争の最初の犠牲者は真実なのである。「力を我らに(power to the people)」とシュプレヒコールをあげるガキどもも、著作権侵害を怒鳴りたてる企業の重役達もともに、相当に深遠で複雑であるべき論点を過度に単純化している。つまり両陣営とも -- そう、僕は両陣営とも、と言ってるんだ -- 大嘘をついていて、それが当然の憤慨であるとでもいった調子で絶え間なく繰り返すことで、その大嘘を真実であると認めさせるための宣伝に努めている。

そうした嘘をいくつか見ていこう。まず最初は、現在においてもこれまでにおいても、DVD 複製管理協会(DVD Copy Control Association:DVDCCA)は、DeCSS について訴訟を起こすことで著作権侵害を抑えようとしている、というものだ。そうだろうか? もしそうなら、どうして DVDCCA は 18 ヶ月前に DVD リッパープログラムに対して戦闘準備をしなかったのだろう? ニューヨークで開かれた「2600」誌[訳注1]による試みで公然のものになったときには、そのプログラムが、DVDCCA が DeCSS の目的と言っていること、すなわちネット上で公開され、書きこみ可能な CD-ROM に焼きつけられる DVD のデジタルコピーを作成するのを可能にする、というのをそのまんな行なうものであることを DVDCCA も多分知っただろうに。

更に重要なのは、もし著作権侵害が論点であるなら、どうして DVDCCA は、(DeCSS という)ソフトウェアでなく、著作権侵害をやる連中に人気のあるウェブサイトを締め上げようとしないんだ? DVD リッパーや DeCSS やその他のツールを利用して PC に一つずつコピーを作っているガキどものことは忘れよう。というのも、映画スタジオを脅かす実質収入源は、一月に数千枚の CD を大量生産する工場からなのだ。本物の海賊業者は、コンテンツ保護を見て笑っているだろうよ。だって連中なら、暗号化されたデータもそのまんま物理的にディスクを複製するだけなんだから。

それでは何が真実なのだろう? DeCSS を巡る戦争は、著作権侵害を巡るものでは全然ない、というのが真相なのだ。本当は DVD プレイヤーの独占を守るためだけのものであって、だからこそ DVDCCA は、コンシューマ向けエレクトロニクス企業によるカルテルによって運営され、Jack Valenti とアメリカ映画協会(the Motion Picture Association of America:MPAA)をカモにしてきたのだ。もし MPAA が、縄張り意識にとらわれず、考えるのを止めていなければ、より安価な DVD プレイヤー(と PC 上のフリーの DVD 再生ソフトウェア)が、DVD 自体にとってより大きな市場をもたらしたであろうことをとっくに理解していただろうに。

そう、その通り。コンテンツ保護は、実際には映画スタジオの利益に損害を与えているんだ。でももし連中がこのことに関して無知ならば、連中は少なくとも一貫して無知だということになる。つまり、VCR のときとほとんど同じような間違いを犯しているのだもの。

企業によるペテンなんてそんなものだ。それではもう一方の、人民の理想主義を装う類の嘘を見てみよう。Napster はアーティストから利益を収奪しない、というのが二番目の大嘘である。この意見を推す人達は、ミュージシャンにとってアルバムセールスはどうせ大した金にはならず、実際にはコンサートやフェスティバルで稼いでいるのだから大丈夫だ、としばしば主張する。コートニー・ラブは、Salon 誌の七月の記事[訳注2]で、こうした連中に多くの武器を与えてしまった。そこではレコード会社が、自分たちで音源を売ろうとするバンドから利益を収奪するのに通常用いる厄介なペテンの全てを事細かに分析した、激しくも可笑しな暴言が述べたてられている。

それは全部本当のことだ。でも、それは話の半分でしかない -- そして僕はその両方の立場を知っている。というのも、僕はかつてロック・ミュージシャンだったし、今なおそうである友人もいるからなんだ。僕は幾つかのグループに在籍し、アルバムを二三枚レコーディングした。僕ははした金でバーで演奏し、どこぞのニタついた A&R マンにスカウトされることを必死に願っていたのだけど、少なくとも食物連鎖のもう少し高い位置で搾取されるというだけだった。さて君は何を知ってるんだい? そこらへんの平凡な連中やインディーバンドにとっては、CD やテープの売上がとんでもない違いをもたらすんだ。例えば、駆けずりまわって日雇いの仕事をこなすかわりに、一日中演奏と練習に費すことができる。コートニーのような、過去三枚プラチナレコードを出した人は、そんな立場なんて気にする必要が全くないだろう。

親 Napester の立場には、根本的に断絶が存在する。OK、それじゃあらゆるレコードからの収入がレコード会社にぼったくられて、アーティストはアルバムセールスからは一文も得られないと仮定してみよう。で、君はその状況を変えたい、と言うわけだ。どうやって? レコード会社にたかるのかい? 申し訳ないけど、何か見落としているよ。君がアルバムにお金を払わなかったのだから、どんな飢えたアーティストも一文だってもらえはしないよ。

それに真の問題を見落としてさえいる。真の問題は、アーティストの同意なく「共有する」ことにより、君はアーティストが作品を管理し、落とし前をつける権利を奪っているということなんだ。レコード会社のことなんて忘れよう。この問題に関して、連中は高慢ちきな食わせ者で、有害な言い訳、都合の良い精神錯乱ばかりなんだもの。真の問題は、君はアーティストを支援するつもりなのか、それとも彼らが保ってきた一縷の自律性を盗み去るつもりなのか、ということだ。

Lee Gomes が最近の Wall Street Journal の記事でうまく表現してきたように、Napster の連中自身がぞっとするぐらい偽善的なのは付け加えるまでもない。Napster の考案者である、かのキュートな反抗坊や Shawn Fanning 君は実際には、写真撮影用に出してみせるマスコットに過ぎない。実際の決定は Fanning 君のおじや、金満投資家である不快な連中が行なっていて、そしてそこが金が流れ込む先というわけだ。また連中は、もし君が Napster の知的財産を「共有」しようとすれば -- そうだな、君が所有する Napster の通信プロトコルをクライアントでもサーバでもリバースエンジニアリングするのでも、君を脅し、訴えるに違いない奴らなんだ。

そしてそう、Gnutella の方がずっとクールで、Napster が現在持つ中央搾取モデル[訳注3]を回避できることは分かっている。また、Napster のような技術は、合法的な使用も多くなされていることも分かっている。でもそれにしても、通常利用される場合の DeCSS の道徳原理と、Napster や Gnutella のそれには根本的に差異がある。DeCSS は大概利用者の所有物に対して使われる -- つまり君の DVD、君のマシンに対してだ。Napster や Gnutella は、大概他人の所有物に対して使われているんだ。

ハッカー文化に属する我々には、その違いをはっきりさせる特別な責任も特別な必要性もあるんだ。我々はデジタル時代の最高のツール作成者なのだから、我々には特別な責任がある。我々の業績や我々の真価は、あらゆるところの通信やメディアの未来を形作るのに大部分を負っている。もしここで我々がしくじってしまうと、こうした知的所有権の問題を解決する方法が、この上なく我々につきまとってくることになるのだから、我々には特別な必要性があると言える。

もしプレスや法廷や大衆が間違った判断をしてしまえば、我々にとっての起こりうる未来は、DEA や BATF 以上の悪夢である知的所有権執行協会(Intellectual Property Enforcement Association)の強圧的な悪党どもがノックもしないで他人の部屋のドアを叩き壊し、その人のコンピュータを情報窃盗の疑いで押収する権利を持つ、なんてことにもなりうるんだ。

我々のコミュニティは、「我々の所有権」と「他人の所有権」の基本的な違いを、プレスにも法廷でも大衆にも聞いてもらえるくらいに声高に、そして理解してもらえるくらいに明快に主張しなければならない。我々は、泥棒をとがめながらも、自由に忠実な総意を形成する手助けをしなければならないのだ。さもなければ、我々には恐ろしい未来が待っているだろう -- そしてそれが当然の報いなのだ。


[訳注1] 世界ハッカー会議なども主催するハッカー、クラッカーの境界に位置する人達(ESR は嫌っている)。ここでのニューヨークでの云々は訳者はよく知らない。また 2600 も DVD 裁判に関するアーカイブを設けている。

[訳注2] Courtney Love does the math のことだろうか(これは6月だが)。

[訳注3] central-point-of-suckage とは、Napster がサーバに接続しなければならないのに対し、Gnutella は peer-to-peer でファイル交換を行なう通信モデルのことを言っているのだろう・・・と思っていたが、Kawai さんから通信モデルでなく、(中央集権型の)経済モデル、権力モデルのことではないか、という指摘をいただきました。


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初出公開: 2000年08月13日、 最終更新日: 2001年05月02日
著者: Eric S. Raymond
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)