ソフトウェア特許 vs フリーソフトウェア

著者: Bruce Perens

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Bruce Perens による Software Patents vs. Free Software の日本語訳である。

フリーソフトウェア/オープンソースソフトウェアから利益を得ている企業に知的財産の一部の放棄を求める運動についての、提唱者である Perens による解説である。

本翻訳文書については、Shiro Kawai さんに誤訳の訂正、結城浩さんに誤記の指摘を頂きました。ありがとうございました。


この文書の複製、配布、また、適当な形にフォーマットして、ニュース記事や論説にその全体もしくは一部を組みこむことが許可される。僕が書いた内容とは違った意見になるような修正してはならない。

この文書に書かれた意見は僕自身のものであり、僕の雇用者の意見ではない[訳注1]

ソフトウェア特許に関する僕の活動や、僕が Free Software and The Law として招集したサミットについて、たくさんの報道がなされてきた。プレスは物事を単純化し、時に誤った解釈をしがちなので、今こそ僕自身の言葉でソフトウェア特許とフリーソフトウェアを巡る状況について語るべきだと思う。

初期の専売特許証は王様からの詔令だった。初期の法律文書は、王家への特権をよく認めていた。多くの専売特許証は、特定業種における独占を、ある一族に永久的に認めていた。同じ業種に参入する人間は、王からの詔令を否定することになるものだから、首が飛ぶことになったんだ!

アメリカ合衆国はソフトウェア特許とビジネスモデル特許の発祥の地なので、この議論が重要になる。いくつかの企業が制度を変えようとロビー活動をやっているが、他のほとんどの国では、ソフトウェアやビジネスモデルに特許を与えるのは許されていない。英国の慣習法を受け継いでいる合衆国法は、王室が適用したのよりもずっと限られた範囲であるが、特許を保護してきた。合衆国憲法において:

著作者および発明者に、各々の著述、発明に対して一定期間の排他的独占権を保障し、科学、技芸の振興を図る(中略)権限を、連邦議会は有する。[訳注2]

この条文が、合衆国における著作権と特許のシステムの存在を全面的に正当化している。その両者とも、科学や有用な技術としてのテクノロジー、文筆業などの進歩促進するために存在している。もし特許や著作権のシステムが進歩を促進する効果を持たなければ、それらは合憲とはいえない。憲法には期間制限についての記述もあることを注記しておく。特許や著作権は、期限切れすることになっていて、もしそうならないなら、それも合憲とは言えない。

よって、ソフトウェア特許が実際に進歩を促進しているか否か、それどころか進歩の邪魔にすらなってないか考えてみよう。驚くことに、ソフトウェア特許やビジネスモデル特許が進歩を促進しているという確固たる証拠はないのだ。この問題についてのちゃんとした科学的な調査はまったくないようなのだ。

合衆国の特許システムは、発明の公に完全に開示することと引き換えに、発明を一時的に独占させることで発明者に報いている。これは、発明者が彼らの業績を秘密にせずに開示することにインセンティブを与えることを目的としたものだ。フリーソフトウェアのパラダイムは、アイデアを開示させる方法としては、特許よりもすぐれた手段のように思える。過去たった数年のうちに発展した多くのフリーソフトウェアは、公開することで多くの人達に影響を与えてきたし、もちろんのこと、フリーソフトウェアは特許につきものの独占を回避している。おそらくこれだけでも、ソフトウェア特許の考えを批判的に再審査する十分な根拠になるだろう。

20年経って特許の期限が切れると、その発明はパブリックドメインにおかれ、みんなの所有物になる。従って、期限の切れた特許の原理は無料で利用可能になるし、発明者にロイヤリティを支払う必要もなくなる。あなたが実際に発明し、これまでに公に使用、もしくは開示されてないものについてのみ、特許は認められる。合衆国では、発明してから一年以内に特許申請書を出願しなければならない。申請書に、例えば発明の日付を偽るなどの虚偽があると、重い罰が課せられる。

HP などの大企業は、特許を防御目的で頻繁に行使している。他の企業が特許を利用しているのを知ったら、特許侵害で訴えることができるので、自らを守ろうとする企業は、競争相手に対して行使できるように特許を出願するのだ。こうして、その企業と競争相手の間に緊張緩和がもたらされる。つまり、お互いが他方を同じようにして訴えることもできるが、そうしないのだ。競争する企業は一般に、お互いの特許のすべてをライセンスするクロスライセンスの合意に至る。企業はこのようにして、特許を巡って訴訟を行う他の企業の力を打ち消しているのだ。大企業は、概して他のたくさんの大企業とクロスライセンスを結んでいて、その結果互いを特許侵害で訴える力はほとんど無効化されている。

つまり、大企業の特許はすべて、相手の特許を無効化するのに利用されているので、特許は実はその企業にとって、何の価値もない。それなら何故連中は特許に気をつかうのだろう? 僕は、その主な原因は、緊張緩和の性質にあると思う。つまり、もし他の連中が止める前に、攻撃的に振舞うのを止めたら負けてしまう。ある大企業が新しい特許を申請するのを止めたら、他の企業は、もはやそことクロスライセンスする意味はなくなってしまうので、他の企業は特許侵害訴訟を始めることになるだろう。

大企業が特許を申請し続ける根拠は、他にもいくつかある。その中には、クロスライセンスを結んでない競争相手、例えば競合するプログラムを書いているフリーソフトウェア開発者などと戦うために行使しようとするところもある。投資家に、その企業に価値があるという印象を与えるために特許を利用するところもある。しかしながら、ソフトウェア特許の大部分、一説によるとその95%が、先行技術が存在するため、実際には無効である。先行技術というのは、他の誰かが同じことを以前に発明していて、何らかの方法でその発明を公開、開示していることを意味する。ソフトウェア特許はその殆どが無効なのだから、投資家はだまされていることになる。投資家を探していて、なおかつ主な売りとして特許を申請している企業の人間と話をすると、うん、ソフトウェア特許一般に関する問題は分かっているけど、僕達のは行使できるものなんだ、といった回答を大抵もらう。まあ、その通りなんでしょう。

それで、大企業でないとしたら、こうしたことから誰が恩恵を得ているのだろう? 小規模な個人発明家ではない。彼らは自分が所有する特許の使用料を回収するために、訴訟を行う余裕もない。そのシステムのせいで、たくさんの特許弁護士に、企業は毎年何十億ドルも支払っているんだ。企業は、特許申請する発明を一定量確保できるように、研究部門のスポンサーになっているので、研究員も抱えているかもしれない。

もちろん、企業が研究を後援するのはよいことで、それが特許システムを正当化しうる、とお考えになるかもしれない。しかし、その研究が、特許戦争の変わらぬ行き詰まりに対抗する武器を提供するよりも、その企業と顧客に利益を与えることを目指す方がよくはないだろうか? そして、我々の税金が使われているわけだから、公的資金を出す大学のような研究組織での発明は、パブリック・ドメインに置かれればもっとよくないか? そうしたところが特許を固守し、売りつけるよりも。特許の独占権を売ることができるか、そうでなければ彼らのアイデアを、誰にも商業的に利用できないようにすることを主張している大学もある。疑わしい主張であるが、合衆国法は実際に、国が資金を出す研究の「技術移転」の一部として、特許に関する権限を与えている

過去十年のトレンドは、他の企業を訴えるためだけに存在する、新種の特許寄生企業だった。寄生企業は特許を買い上げ、それから財力があって、失うものが多い他の企業に対し、特許侵害訴訟を行う。寄生虫どもは、訴訟で首尾良く防御するのに、被害者にかかる数百万ドルのコストのかわりに、数万、数十万ドルを支払う条件でライセンス契約を申し出る。たとえ法廷で最終的に特許の無効を証明できるとしても、被害者は大抵屈服し、ライセンス料を支払う。寄生虫どもはクロスライセンス合意を結ばないので、連中は特許の最悪の不快な行使者の代表である。

クロスライセンスによる防御は、武器として行使する特許をたくさんもっていればうまくいく。大企業はそうかもしれないが、フリーソフトウェア・コミュニティは、数人の個人開発者による、ほんの一握りの特許しか持たず、従って巨人との闘争に傷つけられた傍観者になるのがオチである。行使可能な特許を成功裡に申請するには、法律料として数万、数十万ドルものコストがかかるので、我々としてはそんなにたくさん取得することは期待できない。だから、さしあたりクロスライセンスによる防御を止めなくてはならない。

大抵のソフトウェア特許やビジネスモデル特許は実際には無効なものなのだから、我々がそれを法廷で証明してはどうだろう。特許一つのケースで勝訴するのに、数百万ドルと数年もの時間がかかることがよくある。一つの特許でも、戦う余裕のあるフリーソフトウェア開発者がどれぐらいいるのか僕には分からないし、我々は数十万もの特許と直面している。

それなら、特許システムを「改正」するのはどうだろう。改正を行う最良の方法は、単にソフトウェア特許やビジネスモデル特許を完全になくしてしまうことだが、特許システムを「改正」する提案のほとんどは、問題をほんのすこしよくすることにしかならない。例えば、より多くの無効な特許を拒絶するように、特許調査員に先行技術情報をもっと提供するという計画があるが、問題を解決するのには十分でない。そうした提案は、我々が実際に問題を解決しうるまで持ちこたえるための暫定的な戦略、貧弱な防御にしかなりえない。

ソフトウェア特許やビジネスモデル特許を抹殺することに賛同する意見がある。いくつか紹介しておくと:

しかし、このエッセイにおいて最高の論拠となるのが、ソフトウェア特許がフリーソフトウェアの開発を妨害しているということだ。今日においては厄介事に過ぎなくても、明日にはもっとひどいものになりうるのだ。フリーソフトウェア、それも特に GNU/Linux を抑えこむべき邪魔者、排除すべき競争相手とみる企業がある。そうした企業の中には、新規特許を申請する速度を増しているところもある。こうした企業とそのビジネス・パートナーが一丸となって、特許侵害訴訟でフリーソフトウェア開発者に狙いをつけるというのも不可能なことではない。基本的に、我々の中には、自分たちに身を守る余裕のある者はいないので、大抵の開発者は屈服し、自分たちのソフトウェアを引っ込め、そしてフリーソフトウェア開発への参加を止めざるを得ないだろう。

皮肉なことに、最も多く特許を保有する企業の中には、フリーソフトウェア・コミュニティのパートナーである IBM や HP のような企業が含まれていて、彼らは事業計画に GNU/Linux を積極的に取り入れており、近い将来にそこから著しい収益が入ることを見こんでいる。IBM はソフトウェア特許の10%を保有していると言われるし、HP も一般的に言って、最も多くの特許を保有する企業の一つである。我々が、こうしたところや他の企業と対話を始めることは重要である。それこそが、僕が Free Software and The Law としてサミットを招集している理由なんだ。特許問題に一日費やし、次の日に DMCA[訳注3]、UCITA[訳注4]、ライセンス法、そしてその他の法的問題などが網羅される。残念ながら、これは公開会議ではない。それについて尋ねられた Richard Stallman は、話し合いに一般のオーディエンスを招待するのは、同意を得るには最良のやり方ではない、と答えた。しかし、僕は、多様な観点を網羅する、フリーソフトウェアを代表する人達を幅広く招いてきたし、もう何人か招くつもりでいる。

会議は、議論と交渉だけで行われ、まだ何も確定してないが、フリーソフトウェア・コミュニティの代表者が要求するであろう事項がいくつか挙がっている。例えば、我々のパートナー企業が、我々を訴えるようなことをしないという何らかの保証を要求するだろう。Eric Raymond と僕が、最近 IBM の代理人にこのことを尋ねたところ、オープンソース開発者を特許に関して告訴することはしないつもりである、という回答を得た。HP は、企業方針についてそう多くを語ってないが、我々の誰をも訴えたことはない。しかし、フリーソフトウェア開発者であり、IBM や HP や他の企業と深い関係を持つ者なら、そのような方針とそれを継続することをもう少し公式に保証してくれることが、意味のあることだろう。

我々が議論する可能性のあるもう一つの問題として、特許侵害で訴えられた際に、如何にしてフリーソフトウェア開発者を守るか、ということがある。我々よりもずっと資金力のあるパートナー企業に、FSF や EFF のような組織を我々が守るための資金を援助するよう頼むのは有望かもしれない。というか、訴訟が起こるたびにそれを処理するべきなのだろうか? DeCSS 訴訟において、EFF は一年に一件以下しか弁護できなかった。我々の場合、もっと時間がかかるに違いない。

我々のソフトウェアは、パートナー企業にとって大変有用で有効であることが証明されているので、フリーソフトウェア・コミュニティは、強い立場で交渉できると僕は思う。我々は、パートナーに価値を示してきたのだから、今は彼らがどれだけ我々の役に立つか理解する必要がある。うまくいけば、サミットでの議論の中で、それが明らかになるだろう。

だから、サミットにおいても、一般のフリーソフトウェア・コミュニティの中でも、我々には語るべきことがたくさんあることがお分かりになるだろう。サミットは、8月31日と9月1日に、サンフランシスコにおいて、そこである Linux カンファレンスの直後に開かれる予定である。つまり、重要人物の多くが、そこにいることになる。HP は気前良く、会議の司会進行とケータリング、そして費用を賄うことができない何人かのフリーソフトウェア界の代表者達の旅費と宿泊費に関する資金提供を約束した。HP 曰く、自分たちは共同スポンサーを受け入れるし、つまりカンファレンスを HP が支配するつもりはない、とのことである。SSC は Richard Stallman の旅費と宿泊費を持つことを約束しているし、他にも共同スポンサーが会議の前に増えるだろう。

僕が取り組んできたことに関する間違った認識を正してきたと思うので、もしこのエッセイがあなたのためになったなら、成功である。もちろん、僕はあなた方の意見を受け入れる準備がある。もし意見や質問があれば、どうぞ遠慮なく bruce@perens.com 宛てにメールを書くか、僕のウェブサイトに記載した電話番号をご利用してください。

大きな感謝をこめて

Bruce Perens


[訳注1] ここでの雇い主とは、著者が現在 Senior Advisor を勤める Hewlett-Packard のこと [本文に戻る]

[訳注2] 合衆国憲法第1条第8項 [本文に戻る]

[訳注3] Digital Millennium Copyright Act(デジタルミレニアム著作権法)の略。1998年制定 [本文に戻る]

[訳注4] Uniform Computer Information Transactions Act(統一コンピュータ情報取引法)の略 [本文に戻る]


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初出公開: 2001年05月15日、 最終更新日: 2001年05月24日
著者: Bruce Perens
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)