マイクロソフトは正しい、今回ばかりは

著者: Eric S. Raymond

日本語訳: yomoyomo


以下の文章は、Eric S. Raymond による Microsoft is right, for once の日本語訳である。


まったく、我々は興味深い事態に立ち会えたものだ。今日、マイクロソフト(レドモンドのボーグども)は、ネットワーク標準を巡る抗争において、正義の側 -- すなわちそれはオープンソースの側ということなのだが -- に立った。今から水が上に流れ出すかもしれないし、羽の生えた豚にも用心しておこう。

どこか岩壁のふもとで暮らしている人達は、現在までのことの詳細が ZDNet によくまとめられているから見るとよい。基本的な筋としてはこうだ。つまり、少し前に AOL は、大いに成功していたインスタント・メッセージ(IM)サービスに関するプロトコルを Web 上に公開した。彼らが目指したのは、Unix(特に Linux)ディベロッパーが IM のためのクライアントプログラムを書くことを可能にすることだった。そして実際にディベロッパーはそうして見せた。

そしてマイクロソフトや Yahoo や他の幾つかの企業が IM クライアントを発表する先週までは全てがうまくいっていた。AOL は即座に彼らを締め出そうとプロトコルを修正し、以後はマイクロソフトのプログラマーがその障壁を乗り越える方法を発見する度に同じ行動を繰り返した。AOL は、マイクロソフトを監視する人間を置いていること、そしてサイバースペース上の IM にあてるパッチからマイクロソフトをブロックするために積極的な手段を取ることを発表した。

マイクロソフトは、オープンなメッセージングに関する標準に対する支持を表明し、 AOL が公開された IM のプロトコルを承認するようプレッシャーをかけるべくコンソーシアムを組織しようとすることで逆襲している。

今回の騒動におけるマイクロソフトのスタンスは、もちろんのこと吐き気を催すほど偽善的だ。過去において、ゲイツの手先どもは、オープンなネットワーク標準をことある毎に無視し、破壊してきたことで悪名高かったし、マイクロソフト自身による「ハロウィン文書」により、ほとんど残忍なまでの率直さでもってその理由が説明されている。もし独占を維持することが目標なら、価格をつりあげ、消費者の選択肢を制限し、それからオープンな標準に従わなければよい、これが AOL が深く心に留めてきたことのように思える。

さて、僕があまりにもマイクロソフトに対して辛辣だと思うかもしれない。もしそうなら、マイクロソフトが Exchange サーバーに関して網プロトコルを公開している Web ページを僕に指し示して、即座に僕の考えを拒絶してもいいんだよ。ほら・・・方向転換するのが穏当だね。

しかし、しかし、結局のところ、今回ばかりはマイクロソフトの方が正しい。彼らの意図するところは略奪的なものかもしれないが、もしオープンソースやインターネットの歴史をよりどころにするなら、この戦いに勝てるよう連中を支援すべきだ。何故かって? ひとたびオープンな標準が確立すれば、マイクロソフトが最終的に希求する類の支配が大変難しいと断言できるからだ。例えば、オープンなインターネットを包み込もうとした MSN の失敗がそれだ。

もしオープンソース・コミュニティに属する我々が本当に、ユーザによりよい選択肢を与える公開性とピアレビューと我々の開発モデルの力を信じるならば、それなら我々は、例えそれをマイクロソフトが推し進めようとも、オープンスタンダードがよい結果を生み出すと信じなければならない。

また、この喧嘩によって、Linux やオープンソース運動を、大方腹立ち紛れの「マイクロソフトの反動」表明だと決め付ける人達をやりこめる完璧な機会を我々は得たのだ。

そこで高らかに、そして誇らしげに、「オープンなメッセージングに関してはマイクロソフトは正しいし、この闘いに勝利するのが当然だ」と言おうではないか。例えそれでゲッとなったとしても(僕は数度試してみたから、そう言えるんだ)。

そして、連中がもくろみ通り勝利するだろう。つまり、僕は AOL が設ける障壁が次の週までもつ方にお金をかけやしないということ。AOL がプロトコルを修正する余地は、巨大な既存のクライアントの基盤との互換性を破壊できないので厳しく制限されている(この運動のポイントは、クライアントをひきつけておくことなのだ、結局のところ)。そこで AOL が新しいプロトコルを発明できないなら、既存のプロトコル上で一部のパラメータをいじくるしかない。

マイクロソフトがなすべきことは、パラメータ領域に関して AOL を追跡し、マイクロソフトの製品のクライアントが接続できるよう拡張する二人一組の利口なネットワークプログラマーをはりつけておくだけだ。早かれ遅かれ(多分早い内に)AOL は妙案を使い果たし、マイクロソフトは既存の AOL のプログラムの全ての機能に順応し、クライアントを乗り込ませるだろう。ゲームオーバー。

それからもしマイクロソフトにそれをやるだけの賢さがなければ、オープンソースコミュニティに属する誰か(リバースエンジニアリングにすごく長けた一団)が、その結果を使えるところまでやるだろう。故にどっちにしろ AOL の負けなわけ。

だから、AOL よ、おめでとう。君たちはプレスに不名誉に取り上げられるだろう。君たちはかつてのマイクロソフトと同じくらいの悪党、邪魔者に見えるよ。君たちは、最大の、かつ長いことかけて培われた、地球上最も創造的なプログラマー人種である、Linux/インターネット/オープンソースコミュニティをどうにかして遠ざけようとしてきた。実際のところ、その種族を君たちの最悪の敵に助太刀するのを後押しするよい機会を与えてしまったわけだ。既存のアドバンテージなんか全てこの数日か数週間で消え失せるだろうよ!

こんな茶番の後に、君たちはアンコールに何をやってくれるんだい?


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初出公開: 1999年07月31日、 最終更新日: 2000年03月15日
著者: Eric S. Raymond
日本語訳: yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)
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