2016年05月29日
ブラッド・ストーン『ジェフ・ベゾス 果てなき野望−アマゾンを創った無敵の奇才経営者』（日経BP社） 
何かのセールで安売りしていて買っておいた Kindle 版をようやく読んだ（この本は、やはり Kindle で読むのが相応しいのだろうか？）。
本書については既に少し感想を読んでいたが、いやはや、評判通りすごい本だった。
ネットにさほど詳しくない人でも、「世界最大のネット書店」にもはや留まらない「エブリシング・ストア」であることを知っている Amazon だが、その創業者にしても現在まで最高経営責任者の地位に君臨するジェフ・ベゾスをかなりえぐった本である。
ベゾスに対して厳しい表現が多いというので敵対的な伝記本かと思いきや、ベゾスもちゃんと著者を認め、（元）社員もかなり協力して書かれている。原書刊行時にベゾスの妻が批判的なユーザレビューをあげたことで話題になったが、その批判は瑣末な点であり、逆に言えば本書のシビアな内容はかなり信用がおける。こういう本を認めるベゾスもすごいと思った。
が、彼の下で働くのだけはゴメンだと本書を読んで思ったね。Amazon というと世界的にその倉庫で働く労働者の待遇が問題されるが（もちろん本書にもなかなかひどい記述がある）、ホワイトカラーであれ、その過酷さはすごいものがある。「有能でなければジェフにズタボロにされ、捨てられます。有能なら、もうダメというところまで働かされます」という証言があるが、部下への締め付けは激しく、Amazon にはその道のプロたる猛者が多く傭兵として雇われるが、複数大きな仕事を成し遂げる人間はまれであり、大体の人は一つミッションを成し遂げたところで燃えつきるか、そうでなくても用済みと見なされればベゾスから切られてしまう。
本書が描く Amazon の怒涛の歴史と「その狂気の源」として君臨するジェフ・ベゾスという人物の姿はひたすら強烈で、当初からの「エブリシング・ストア」に向けたヴィジョンは揺らぐことなく、それに向けてつべこべいわず人材を引き抜いて酷使し、先達のビジネスモデルをパクり、競合他社を潰しにかかり、交渉相手を締め上げて拡大の一途を遂げる。普通の会社なら複数のフェーズに分けて行うことを複数同時に達成しようとする。当然社内外で軋みが生じるが、ベゾスに迷いはない。「勝利者をはっきりさせるためなら、ためらわずに辺り一帯を焼き払う人々なのです」という証言が奮っている。
本書には「ベゾスは、数え切れないほどの対戦を同時並行に進めるチェスの名人のようなもので、チェス盤は、彼が対戦する一つひとつに集中できるよう並べられているというわけだ」という文章もあるのだが、実際にはベゾスだって結構失敗をやらかしている。「Amazonは世界一の失敗をする企業」というのは間違いではない。すごいのは、全速力で前進し派手に転びながらも、その失敗を自覚して体勢を整える果敢さがある。ベゾスにしても、その明晰な頭脳で部下を締め上げてばかりだったのが、少しは意識して部下を誉められるようになったというのが努力の成果として書かれており、なんかギャグの域である。
いやはや、それでも本当にひどい。企業としてスレスレというか、よくこれが違法にならないなと読んでいて呆れるところが何度もあった。例えば、ザッポス買収にいたるプロセスについては、ワタシは5年前に（読書記録は書かなかったが）『顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか』を読んでいたが、真実はそこに書かれるような「お互い最高のパートナーとして買収されることを選んだ」なんてものでないことがよく分かる。
いや、トニー・シェイなどそれでもよくやったほうで、Amazon の交渉相手となった出版社などひどいもので、「我々は気づかないうちに棺おけに入っているという話を毎日我々にしつつ、その棺おけのふたに釘を打っていたようなものですからね」という嘆きが出るし、取引先に対する会社の方針が、「片方が常に勝つようにするがの交渉だ」という戦闘的なところまで先鋭化し、自分が持つキリスト教の価値観と相いれないものになってしまったため、退職してから１年ほど PTSD に悩まされた従業員の話など背筋が寒くなる。
個人的に本書で一番読みたかったのは、Amazon がオンラインストアから AWS に代表されるクラウドコンピューティング時代のインフラを担う技術系企業の認知を得るまでの過程、そしてそれに続く電子書籍リーダー Kindle プラットフォームを作り出す経緯だったのだが、そうした意味で第7章「テクノロジー企業であって小売企業ではない」、第8章「キンドル誕生」がもっとも読んでいて面白かった。
いや、ひどいね、アマゾン。すごいね、ベゾス。