yomoyomoの読書記録

2016年02月15日

井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください--井上達夫の法哲学入門』(毎日新聞出版) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 Kindle 版も出ているが、紙版を買った。

 本書のことを最初知ったときは、何より出落ち感が強い書名はインパクトがあったものの、なんじゃこりゃとなって手を出さなかった。が、後でこれは面白いと勧める文章を読み、読んでみた。

 副題に「井上達夫の法哲学入門」とあるが、入門書とはいえ、ワタシ自身は法哲学なんて門外漢なのでどれほど理解できるか不安だったが、リベラルの信用失墜から始まり、従軍慰安婦問題など日本の戦後処理問題、九条を巡る日本国憲法と改憲などトピカルな第一部「リベラルの危機」は、やはりというべきか腑に落ちるところがあった。

 著者(と言っても、本書は語りおろしだが)の、信用を失っているのはエリート主義で偽善的なリベラルであり、欺瞞性を強める護憲派であり、それは信用を失って当然もいきなりばっさりやっていて小気味良いが、「啓蒙」と「寛容」というリベラリズムの二つの歴史的起源から話を始めており、これが分かりやすかった。

 日本国憲法の九条解釈の話に入る前に、著者は「正義よりも平和が大事」というタイプの平和主義(「最も正しい戦争よりも」、最も不正な平和を私は選ぶ」というキケロの格言は有名ですね)について論理的には破綻しているとやはりばっさりやっているが、憲法(九条)についての論述も、修正主義的護憲派に安部政権の解釈改憲を批判する資格はないし、だからといって原理主義的護憲派がいいのかというとこちらのほうがもっとひどいとなかなか強硬である。

 自分たちが好む政治的結論を反対者に押しつけるために憲法を政争の具にするような、立憲主義をコケにするようなことをすべきでないという点で著者の主張は筋が通っている。それは民主主義の意義についての言葉にも貫かれている。

 民主主義の存在理由は何かというと、われわれが自分たちの愚行や失敗を教訓として学習する政治プロセスを、民主主義が提供してくれるということですね。完璧に頼れる人などどこにもいないが、愚者が自分の失敗から学んで成長することはできる。そのための政治プロセスが民主主義だ。

 民主主義は愚民政治だという考え方とは逆です。愚民政治を批判するエリートも含めてわれわれはみんな愚かさから免れないからこそ民主主義が必要だ。この考え方を私は「我ら愚者の民主主義」と呼んでいます。(57ページ)

 ワタシ自身は安部政権の解釈改憲、並びに安保法制には反対だが、その理由は護憲派だからではなくむしろその逆に積極的な改憲派だからで、ただし自民党の改憲案はレベルが低すぎて論外という立場なので、著者の九条削除論には同調しないし、つまり本書の第一部の内容にすべて賛同するわけではないのだが、それでも日本はドイツに比べて戦争責任の追及をしっかりやってないというありがちな議論に対する反論など面白かった。

 第二部「正義の行方」は、著者の過去の仕事を辿りながら、その法哲学の発展を語るものだが、さすがにこちらは第一部のように楽しむわけにはいかなかった。それでも「老いも若きも、保守化している。それが、哲学の死に結びついている」と気炎をあげる最後まで読み通すことができた。

 そういえばジョン・ロールズについて、「政治的リベラリズム」という言葉が彼の堕落の象徴として何度も出てくるが、その「政治的リベラリズム」がなぜ堕落なのかなかなかその説明が出てこずにイライラした(だって、「政治的リベラリズム」という言葉だけ見て、それが悪いものとは思えないでしょう?)。それなど少し編集に工夫をしたほうがいいのにというところはあった。


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