yomoyomoの読書記録

2009年05月07日

コナー・オクレリー『無一文の億万長者』(ダイヤモンド社) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 ダイヤモンド社の加藤さんより献本いただいた。

 世界最大の免税店ビジネスをなした DFS(デューティー・フリー・ショッパーズ)の創業者でありながら、それで得た富を自ら創設したアトランティック財団に寄託してしまったチャック・フィーニーという稀な人物の一代記である。

 フィーニーは友人の父親が用意したクリスマスカードを売り歩くことにはじまり、自身が通うコーネル大学の学生のためにサンドウィッチを売るという「隙間市場」を見出すなど有能な事業家として頭角を現す。

 彼が手がけた免税事業も一種の「隙間市場」であり、その抜け目のなさと押し出しの強さがその成功の秘訣であることが分かる。まさに起業家精神の人である。

 ただ面白いのはその後である。フィーニーはその国際的な免税事業をどんどん拡大する過程で、DFS と競合する事業にも手を染める。もちろんそれは DFS の他の創業者たちの不興を買い、後に深刻な対立に発展するのだが、同時にどんどん自ら得た富に違和感を覚えて倹約的になり、しまいには上記の形で53歳にして全財産を処分してしまう。

 チャック・フィーニーの最初の妻であるダニエルは、ワタシなんかが見てもそうした夫に対して物分りが良い人だと思うが、やはりこれが夫婦に問題をもたらさないわけはなく、結局離婚してしまう。

 飽くなき事業の追求と全財産の寄託、と並べると矛盾するように思えるが、DFS にしろアトランティック財団による寄付にしろ「金持ちで強引、そして頑固」(第17章のタイトル)なフィーニーの「起業家精神」という点で何ら変節したわけでないことが分かる。

 フィーニーはアンドリュー・カーネギーに大きな影響を受けたとのことだが、金持ちの寄付という点でもフィーニーが唯一というのではもちろんないことは言うまでもない。彼を特徴付けるのは、寄付を完全匿名を条件に行ったところ。彼の寄付はそれによる名誉や虚栄心が目的ではなく、飽くまで「起業家精神」に裏打ちされた投資であることが分かる。

かれの人助けというのはつまり、かれらの自助努力を支援することに他ならないと思っていたからだ。

 それは本書の中で挙げられるジム・クラークやラリー・エリソンといった人たちの気まぐれな寄付(とその撤回)と比べれば明らかである(「ケチなシリコンバレーの大立て者のステレオタイプ」(343ページ)という表現があって笑ってしまったが、かの地の成功者のイメージはそんなものなんですかね?)。

 フィーニーの寄付にしても本書にも「気まぐれ」「日和見」といった表現はあるが、ともかく母国アメリカをはじめ(そのルーツである)アイルランド、ベトナム、オーストラリアなどに多大な貢献を行なった。

 最終的にはアイルランド共和国の七大学と北アイルランドの二大学すべてがアトランティックからかなりの出資を受けた。その総額は何億ドルにものぼる。(中略)アイルランドの大学はきわめて秘密裏に、教授会のトップにさえ背後にいる人物の正体を知らせずに、ものの数年で第二世界から第一世界のレベルに上昇した。(223ページ)

 ただ彼が匿名にこだわったのは、プライバシーを守りたい、虚栄心を満たすのが目的ではないというのはもちろんあるにせよ、彼が巨万の財をなした DFS が「世界でもっとも秘密にされてきた会社」(254ページ)であり、また彼が税金というものを嫌悪する人間であることを考えると、節税対策などの関係もあったのではと思うのだが。

 ワタシ個人の本書への不満としては、DFS の成功が割りとあっさりと書かれている印象があるところ。もちろん危機的状況に陥ったときの記述もあるのだが、それも人を充てたら持ち直しましたという風に読め、「世界的なビジネスネットワークの経営原理を、走りながら学ぶ必要があった」(55ページ)という切実さが今ひとつ伝わってこなかったのは、本書をビジネス書として読む場合のマイナス点に思えた。

 ただそれはそれとして、「巨万の富の持ち主は、存命中に価値ある目的を支援するために富を使うという責任を自ら引き受けない限り、将来の世代にとって問題を作り出しかねない」(377ページ)という信念の元、家族を財団運営に関わらせないフィーニーが、その息子たちから深く尊敬され愛されているというのは素晴らしいことである。

 あと余談であるが、本書を読んでいて唐突に典型的なオーストラリアジョークが出てきて笑ってしまった。

 チャック・フィーニーは、DFSの出張でオーストラリアの入国審査官に始めて(原文ママ)対面したときの、一九七〇年代の逸話を語るのが好きだ。「『犯罪歴があるか』と聞かれたんです。そこでわたしは『いまでもそれが入国条件とは知りませんでした』と答えたんですよ。相手は激怒しました」(307ページ)


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