yomoyomoの読書記録

2009年12月24日

梅津信幸『なぜコンピュータの画像はリアルに見えるのか 視覚とCGをめぐる冒険』(NTT出版) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 NTT出版の神部さんから献本いただいた。

 著者の梅津信幸さんは、ワタシがまだウェブサイトを立ち上げる前に「窓と林檎の物語」を愛読させてもらっていた憧れの人である。当時は軽い気持ちで氏の独特の文体を楽しんでいたが、後に『あなたはコンピュータを理解していますか?』(現在では新書になっている!)を読み、その文体が難しいことを論理的に噛み砕く明晰さに支えられていたことにようやく気付いた次第である。

 本書はその著者の専門分野である画像処理、コンピュータグラフィクスを扱ったものだが、上記の明晰さは変わっていない。専門分野の話だからといって本の趣旨から外れた自慢話や薀蓄はないし、またあからさまに程度を落とした記述をもって初学者向けを謳う怠惰さもない。

 『なぜコンピュータの画像はリアルに見えるのか』とかなり具体的な書名がついているが、本書はとてもファンダメンタルな本である。書名から人間の視覚の話、コンピュータによる画像処理の話があることは想像できる。実際その通りなのだが、本書はそれだけを表面的に扱うのではなく、「なぜ視覚が重要視されるのか」から説き起こすプロローグに始まり、人間にとっての視覚というシステム、コンピュータによる画像処理というシステムの両方について、なぜメガネが曇ると白くなり、服が濡れると黒くなるのか、なぜモザイク消し機に意味がないのかといった身近な話題も盛り込みながら、JPEG 形式を語るのにクロード・シャノンの情報理論から始める周到さを持つ本である。しかも、ただ基本を押さえるのに汲々とするのではなく、画像が人や社会に何をもたらすのかという視点も忘れていない。

 個人的に最も面白かったのは、(著者が「図形をやらわかく学問」と表現する)トポロジーの解説から始まり、主流の CG が三角形を高速に描くことである理由を解き明かし、著者が高校生のときに雑誌ニュートンで見て、「これこそが自分が進むべき道だ!」と衝撃を受けたフラクタルの話にいたる第4章「ドーナツ形をしたゲーム世界――コンピュータの中で生まれる立体」である。

 「現代人は本当に優れているのか」という始まり、現代が「作り出された結果」よりも「それを作り出すときの考え方」自体がますます重要になるという話になるエピローグにいたると、少し話が遠大過ぎて、果たして自分は本書をちゃんと理解できたか不安を覚えるというか途方に暮れる感覚もあるが、具体的な書名に限定されない根本的な本であり、斜め読みで効率的に知識を増やしたいだけの読者には不向きな本なのは間違いない。


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