yomoyomoの読書記録

2008年06月19日

サイモン・シン『暗号解読』(新潮文庫) このエントリーを含むブックマーク

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 名著『フェルマーの最終定理』に続くサイモン・シンの本だが、文庫化されたときに購入していたものの、いろいろあってようやく読み終えた。遅すぎる。

 何と言ってもサイモン・シンである。質の高さは保証済みのようなものだ。事実、本書も優れた本だった……が、やはりここまで読了が遅れたのは、今回のテーマによるだろう。いくらサイモン・シンと言えども、暗号を文章で説明するとなると、あやとりの詳細な模様のラジオ実況を聞くようなややこしさがあったのは確かで、『フェルマーの最終定理』より爽快感は落ちる。

 とはいえ、カエサル暗号から量子暗号にいたるまで、権力闘争、国家間の戦争、考古学、言語学の話を織り交ぜながら暗号というものが人類の歴史にどれだけ大きな役割を果たしてきたかを鮮やかに活写する手腕は見事で、アメリカの暗号解読者ウィリアム・フリードマンが語る「うかつな読者を誘惑するような、悪魔的な独創性をもつ」暗号の魅力を伝えている。

 スコットランド女王メアリーの暗号に始まり、エニグマ暗号までの話が上巻、古代文字の話に始まり、現代の公開鍵暗号という世紀の発明、そして PGP と未来の量子暗号の話が下巻になるが、「必要が発明の母だとすれば、逆境は暗号解読の母なのかもしれない」という本書の言葉通り、ワタシのような凡人に絶望的な逆境に思える状況を閃きと不屈の心で乗り越えてきた人たちのエピソード満載である。

 しかし、軍隊の守秘義務のため自分たちの仕事を誇ることもできず罵声を甘受しなければならなかった人たちの話など、暗号ならではの悲劇もある。エニグマ暗号解読に関し世間の認知を得る前に死ぬこととなったアラン・チューリングもまたしかり。

 『フェルマーの最終定理』の読書記録にも書いたし、訳者もあとがきで指摘しているが、著者のマイノリティに対する語り口が温かいのが本書でも救いになっているように思う。

 下巻の公開鍵暗号の話になるとワタシにも実感をもって分かる話になるわけだが、カリフォルニアのディフィー、ヘルマン、マークル(壁にぶちあたり妻にやつあたりするディフィーとそれに一歩も引かない妻メアリーの描写は感動的である)が公開鍵暗号の概念を発明し、MIT のリヴェスト、シャミア、アドルマン(以前から疑問だった、何故 ARS でなく RSA なのかというのも本書を読めば分かる)がそれを RSA 暗号として実現したと言われるが、実は彼らの前に英国政府通信本部(GCHQ)のスタッフが公開鍵暗号を発明していたという話は、本書を読んで初めて知った。GCHQ の天才たちがしかるべき名声を得られなかったことについては前記の暗号の難しさを再認識させられた。


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