yomoyomoの読書記録

2005年02月10日

G.M.ワインバーグ『コンサルタントの秘密』(共立出版) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 およそ十年ぶりに再読した。社会人になってそう間もない頃に女友達に本書を貸していたのだが、その友人の引越しとともに戻ってきた。というか、貸していたこと自体ほとんど忘れていたのだが。

 はじめて本書を読んだとき、ワタシはまだ大学生だった。当時はコンサルタントという職業についてまともな知識がなかったのだが、とにかく楽しく読めた。そして現在、意外なことにコンサルタントという職業の人と未だにあんまり縁がなかったりする。ただ当然ながら十年前よりは世間について知ることも増え、本書に対する印象が変わるかどうか興味があったのだが、やはりすこぶる面白い本であるという評価は変わらなかった。以前は流して読んでいたところに著者の知見を感じ、一層深く楽しめたように思う。

 訳者である木村泉氏が「すごい(言葉の本来に意味における)教育者」と評するワインバーグ氏による、その著者自身がまえがきにおいて「この本の読者層にはほとんど限りがない」と宣言する普遍的な内容を持った本ということである。

 少し前に渋谷のブックファーストで本書が平積みになっているのを見かけて少し驚いたことがあったが、およそ15年前に刊行された本書が今なお現役であるというのは素晴らしいことだと思う。新入社員の方は(騙されたと思って)もれなく買い、折に触れ読み返すとよい本ではないだろうか。


 本書には、「たいていのとき、世界のたいていの部分では、人がどれほどがんばろうとも意味あることは何も起こらない」というワインバーグのふたごの法則をはじめとして、キャッチー、かつユーモラスな法則がちりばめられている。登場する法則を集めたウェブページもあるくらいだが、こうしたページだけ見て分かったような気になるのは禁物である。今回再読して唸ったのは、当たり前だがそうした法則の箇所以外にも、普遍的で注意して読めば小回りのきくアドバイスが、その軽妙な語り口からいくつも浮かび上がるところだ。

 本書を「法則」だけ流し読みすることの弊害として、例えば上に挙げたようなワインバーグのふたごの法則などの字面だけ見て、何も行動を起こさない言い訳にしかねないことがある。確かにワインバーグは、世にある通俗ビジネス書・啓蒙本のように安直な解決策を提示してくれない。○○であなたも成功する! みたいな安請け合いはしない。しかし、着実であると同時に我々が見落としやすいポイントを丁寧についてくれる。

よい手順を使ったからといって、何も見落とさないという保証はないが、駄目な手順を使えば、ほとんど確実に何かを見落とすことになる。自分が使っている手順が駄目かもしれないとすれば、それは新しい手順を探せば得るところがある、ということである。

 これは自戒の意味を込めて書くのだが、「よい手順を使ったからといって、何も見落とさないという保証はない」のところで考えるのを止め、たかを括って後悔することが多いのだ。本書に提示される「手順」は常識的で穏当なものである。しかしそれをちゃんと踏むからこそ、オレンジジューステストなどの話が意味を持つのだ。その辺を取り違えてはいけない。


 これは以前にも書いたことがあるが、ワタシが本書のことを知ったのは、CUTにおける山形浩生の書評だった。渋谷陽一が始めた雑誌ということで購入したCUTだったが、書評欄を読み、「この偉そうな文章を書いているヤツは誰だ!」と激昂したものである。翌年、映画化と前後してバロウズの『裸のランチ』が再刊され、当時大学生になったばかりの背伸びしたがりな年頃のワタシは早速買ったのだが、「この偉そうな解説を書いているヤツは誰だ!」とここでも激昂し、両者が同一人物であることに気付き、ヘナヘナと腰から力が抜けたものだ。

 本書は、その山形浩生の書評を読んではじめて買った本という意味で、個人的に思い出深い本である。その後十年以上にわたり、本当にこの人には刺激を与えてくれる本をたくさん教えてもらったことになる。

 私はアイディアを飯のタネにしているのであって、訴訟で食っているわけではない。私の場合、大きな利益は新しいアイディアを生み出すことによって得られるのであって、もうすんでしまったことにかじりつくことによっては得られない。私はアリストテレスの「同じアイディアが世にあらわれるのは一度ではない。二度でもない。無数に何度もあらわれるのだ。」という言葉を、心にとめるようにしている。私のアイディアは、もともとオリジナルでも何でもなかったのだ。私はそれを他人から「借り」て、微妙なやりかたで変更しただけのことなのだ。(190ページ)

 ワインバーグ先生はここから「最良のアイディアは彼らにやってしまおう」という「マーケティングの第七法則」を導き出すのだが、こうして再読すると、現在の山形浩生の仕事への水脈につながるように読める。


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