yomoyomoの読書記録

2007年08月20日

スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー『ヤバい経済学〜悪ガキ教授が世の裏側を探検する』(東洋経済新報社) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 本書のことは山形浩生が原書を絶賛したことで知り、日本語訳が出て買おうかなと思いながら手を出しそびれていたが、山形浩生の再度プッシュする文章に背中を押されて購入した。が、それから間もなく増補改訂版が出るという不運にふて腐れ、手に取るまでまた時間が空いてしまった(上のアサマシは増補改訂版をリンクさせてもらった)。

 読み始めはいかにもアメリカンなやたらもったいぶった文体が退屈でちょっとメゲかけたが(本書の訳者である望月衛氏は実に良い仕事をしており、これは著者の責任だ)、第1章に入ってぐんぐん引き込まれた。しかし、ダブナーがレヴィットを賞賛する文章を枕に各章が始まる構成はなんとかならなかったのかな。

 山形浩生の文章で本書の内容は大方分かっていたのでそれほど驚きはなかったが、本書は十分面白く、挑発的な本である。ダブナーの表現を借りるなら、陰鬱な科学と言われる経済学を蒸留して、その最も基本的な目的を取り出した本である。

 そして取り出されるのは「インセンティブ」なわけだが、経済的、社会的、そして道徳的という三つの基本的なインセンティブの味付けに関し、レヴィットはフラットな視点で切り込んでいる。

 そのフラットな視点についてダブナーはレヴィットを、「政治にはあまり関心がなく、道徳にはもっと関心がなかった」と評しているが、それが一番あらわれている本書の第4章「犯罪者はみんなどこへ消えた?」の、アメリカの犯罪減少は銃規制や死刑制度や犯罪取締りの強化などはほとんど寄与しておらず、中絶が認められるようになったからだという主張には何とも言えない不快さを感じた。

 言っておくがワタシ自身は女性の権利として中絶制度を支持しており、産婦人科医に対する暴力をも辞さないキリスト教原理主義者どもはまとめて(中略)と考えているが、著者自身「なんだか、ダーウィン主義よりもスウィフト主義の香りがする」と書いているが、ワタシもこの章を読み連想したのはスウィフトの「アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」だったと書くと笑われるだろうか。

 そういう嫌な感じは第5章の最初に書かれるレヴィットの最初の子の死についての話で大分中和されるのだが、その後展開される第5章「完璧な子育てとは?」がこれまたまた救いがない。ここで展開される話は子育てパラノイアを戒める好ましい効果がある一方で、著者たちの意図せぬところで格差固定に対する諦めにつながるんじゃないだろうか……とぼんやり思ってたら、終章「ハーヴァードへ続く道二つ」の最後の最後にまたオチがついていて、これには脱帽させられた。著者たちも本書と道徳の兼ね合いについては以下のように抗弁している。

でも本当は、「ヤバい経済学的」な考え方は、道徳と相反するわけじゃないのだ。最初に書いたように、道徳が私たちの望む世の中のあり方を映しているのだとすると、経済学が映しているのは世の中の実際のあり方だ。

 最近では New York Times が Freakonomics ブログを取り込む形で独占掲載することが話題になったが、続編の予定もあるそうで、またこのコンビの本に驚かされる機会があるのだろう。


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