yomoyomoの読書記録

2013年03月11日

ヒュー・マクガイア、ブライアン・オレアリ編『マニフェスト 本の未来』(株式会社ボイジャー) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 一章だけ訳したので献本いただいた。

 ワタシは自分が訳した第16章「読者の権利章典」(カシア・クローザー)をどうしても中心に考えてしまうのだが、これは明らかに通常の読者とは違う読み方になるのだけど、「読者の権利章典」は喋りかけるような口調で本の読者としての要求を並べ立てた文章で、面白いのはこの本の内容の(すべてとは言わないが)多くは、その要求に一章ずつ対応しているように読めるところである。

 具体的には出版社の役割、校正や装丁などまで含めた本の作り方、読者の参加、メタデータ、そして当然 DRM の話を含む訳だが、本書の最後の章でも「読者の権利章典」に対応する文章がある。

「読者とはおかしなものです。時には排他的、時には不可解、時には腹立たしい、けれど出版が歩んで行く道についての会話に、絶対的に重要な部分です」(333ページ)

 本書の執筆者は出版の未来を担わんとするサービスに携わる人が多いのだけど、これはなかなか読者が見えている本と言えるのではないか。本書には、編者の一人ヒュー・マクガイアの「デジタル時代の本の未来とは、どうやらデジタル時代の本の未来についての本を書くことらしいね」という皮肉っぽいツイートが引用されているが、そうした「いつまで電子書籍元年言っとるねん」的状況から一歩踏み出そうという本である。

 本書は、出版の変化と将来についての議論で必ず挙げられる二つの論点として本書で紹介されている、「出版の形式」、そして「本の読み方」についての本とも言えるだろうが、やはり実際に自身が立ち上げたサービスでその二つを変えよう、より良いものにしようとしている人の言葉は熱い。

 そして今、本とは何かを考える上で重大な変化が起きている。本に秘められていた可能性をWebが解き放とうとしているのだ。本が物理的な形から解き放たれるというだけではない。物理的な形に閉じ込められ、商品化されてきた長い歴史からも解き放たれるのだ。お金を払って買い、ひとりで読み、読んだら終わり。それが本だという考え方はWebの登場によって時代遅れになった。これからの本は、あなたのプロフィール(生きてきた軌跡)に含まれるひとつの残像であり、その像はあなたを他の人につなぐものとなる。(173ページ)

 でも本書は、新しい試みであることを免罪符にしたポジショントークを集めた本ではなく、電子書籍周りの過去の失敗についての分析であったり、DRM にしてもそれが消費者に価値を創造し成功している事例の紹介であったり、ニック・ケイヴの小説『The Death of Bunny Munro』の優れた eBook 版を作り成功したものの、その後が続かなかった原因の分析などの話も興味深かったりする。例えば『ブックビジネス2.0』あたりと比べると図書館についての話が少ないとか気になる点もあるが、次のステップに進む指針が多い本だと思います。

 書影は書籍版にリンクしたが、Kindle 版もあるでよ。


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