yomoyomoの読書記録

2012年06月04日

ニック・ポータヴィー『幸福の計算式 結婚初年度の「幸福」の値段は2500万円!?』(阪急コミュニケーションズ) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 江坂健さんに献本いただいた。

 いきなり即物的に値段をぶつけてくる副題が目をひくが、著者の狙いは明快である(以下、強調部は原文では傍点)。

 私たちは、これをずっと考えている。幸福の計算式を作る科学的な方法がもし本当にあったとしたらどうだろう? 人生のあらゆる出来事に対する典型的な人間がもつ感情を正確に測り、研究することができたなら、そして、それらの出来事が幸福度に及ぼす平均的な影響をまとめた完璧なガイドブックが書けたら?(19ページ)

 この野心をとんでもないと思う人、冒涜的と感じる人もいるすらだろう。しかし、本書はセンセーショナルを狙った本ではなく、当たり前のところから論を積み上げていく。その過程で擬似相関(健康な赤ちゃんにミネラルウォーターを飲んでる率が高いからといって、赤ちゃんにミネラルウォーターを飲ませれば健康に育つとは限らない)など落とし穴は考慮されており、心理学の観点からの調査結果の裏づけも丁寧である。

 とはいえ、著者が発表した「子供を持つと夫婦の幸福度は確実に下がる」という研究結果はヒステリックなものを含む大きな批判をかったりするわけだが、それでも本書で提示される調査結果自体はワタシにとってそこまで意外ではなかった。ただ、ここらへんまでくると「幸福を受け取るに当たってさえ、 下手くそを極める(太宰治)」駄目な男であるワタシとしては、幸福って何よ? とどうしても思ってしまう。

 本書には、成功が幸福の鍵なのではなく幸福こそ成功の鍵である、という重要な指摘がある。

 幸福とは単に成功の副産物ではない。人生における成功が幸福の副産物であることも多いという確かな証拠が存在するのだ。(220ページ)

 元々幸福を感じやすく、前向きな人間なほうが成功しやすい。元々身体が丈夫で健康なほうが幸福度は歴然と高い。これをつきつめていくと……人間の元々の資質、いっちゃえば遺伝子レベルで「幸福の計算式」は決まってしまうのではないか? それなら例えば鬱気質で思考がネガティブに振れやすいワタシなんか幸福になりたいと願うことに意味があるのか。というか、そもそも幸福って何なんだろうね、と遠い目になってしまう。

 本書は人間が感じる幸福の度合いをできるだけ客観的に測定しようとする。しかし、これだって元々の資質、つまり簡単に満足を感じやすい「足るを知る」人のほうが幸福度は高いだろう。本書にはゴッホの創造性と彼の鬱状態との関係について、ゴッホにとって絵を描くことはそんなに楽しいことではなかったのではないか。彼は常に不幸だったから成功したのではないかもしれないと示唆するくだりがあるが、これは本書の前半にある、1970年代以降アメリカ人女性の生活の質は確実に向上しているにも関わらず、その幸福度は絶対的に男性と比較しても確実に下がっているという話ともつながるかもしれない。しかし、まったくその通りだったとしても、ゴッホが社交的で仕事も順調だった21歳までの人生が続くべきだったとも、アメリカ人女性が社会進出せずに生活の質を上げる努力をしなかったほうがよかったともワタシは思わない。もちろん著者だってそんなことは書いてないが、やはり、幸福って何なのさ? と言いたくなるのは確かである。

 ここで、あなたはこんな疑問をもつかもしれない。「幸福が何より大切だと言うのか?」私の答えは「いいえ」だ。幸福な人のほうが健康で長生きするという証拠があるというだけだ。(227ページ)

 ふーん、そうですか。ワタシは著者よりもロバート・フリップの以下の言葉のほうが好きだ。

他の三人、四人と一緒に仕事をしていく上ではひっきりなしに緊張、不一致、矛盾、困難といったものが生じてくる。その結果として、我々は多くの場合、満足どころか極端な不満、不幸感を手にした。僕のキング・クリムゾン人生を一言で言うなら"悲惨"、この言葉に尽きるよ。本当だ。悲惨そのものだった。それなら何故やるんだ、と言われたら目的を持ってしまったから、としか答えようがない。僕の人生の目的は、幸福を追求することじゃない。そんなのはひどく浅薄な目的だ。幸福、不幸、そのどちらも同等に目的には関係のないものだ。


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