yomoyomoの読書記録

2013年05月27日

ドク・サールズ『インテンション・エコノミー 顧客が支配する経済』(翔泳社) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 原書刊行時に紹介していた関係で、訳者より献本いただいた。

 著者のドク・サールズは、世間的には Linux Journal のシニアエディタとして有名なのかもしれないが、個人的にこの人の仕事で一番重要なのはクルートレイン宣言だと思う。

 ワタシはこれまで何度もクルートレイン宣言を Web 2.0 的思想の源流だと書いてきたが、それは著者やデヴィッド・ワインバーガー(『Too Big To Know』はなんで邦訳が出ない?)がそれ以降も重要なネット論客として生き残っていることからも明らかである。

 クルートレイン宣言における「市場とは対話である」というテーゼは、ユーザのエンパワーメントという目的につながるもので、著者が「アテンション・エコノミー」に対するカウンターとして、売り手より買い手を中心とする「インテンション・エコノミー」を言い出すのは、流れとしてとても自然だと思う。

 しかし、思いつきは思いつきとして、きれい事の目標でなく本当に買い手中心の市場システムなんて可能なのかワタシは訝しく思うところもあった。本書はその疑問に割と正面から答えるもので、その部分は読んでて興奮した。クルートレイン宣言書籍版の10周年記念版が訳されなかった日本で本書が翻訳されたのはありがたいことである。

 インテンション・エコノミーとは買い手が価値の源泉となる真の意味でオープンな市場であり、VRM(企業関係管理)が CRM(顧客関係管理)にとってかわり、顧客は企業に囲い込まれることなく、つまり消費者として集合的に扱われるのでなく企業との関係はパーソナルなものになる。

 つまり、顧客の側が自分に関するデータの主導権に握り、自らの意思に従い企業との関係を決められる。それには顧客側に立ちそのニーズの代理人として機能する「フォース・パーティ」の存在が必要になるし、顧客と企業の間には対話的でオープンな API が提供されることで市場のオープンさが担保される。

 著者が「インテンション・エコノミー」を言い出したときにあった、一般消費者は自分が何をしたいのか実際のところわかっていないのではないかという疑問はやはり付いてまわるが、著者は Project VRM における研究成果をもとに「フォース・パーティ」など面白いポイントをついてくる。顧客の側がデータの主導権に握るというのは、今ではすっかり人口に膾炙した「ビッグデータ」へのカウンターにもなっている。

 本書はまず顧客の囲い込みはもうダメ、広告なんて役立たず、広告自体バブルであって、それはいずれ盛大に弾けると説く。基本的な論点には賛成なのだけど、本書の通りになれば、収益の大半を広告に依存する企業、例えば Google なんて大変なことになるはずである。けどね、やっぱり広告モデルってしぶといと思うのよ。

 個人的に気になったのは中盤にいたってインターネットの基本モデルやオープンソースの価値やコモンズの重要性といった割と原理的な話が続くところ。このあたりについてワタシも著者と大体立場は同じなので、するすると読んでしまうが、後になってあのあたり必要だったのかな? と疑問に思ったりした。

 まぁ、インテンション・エコノミーの前提になるオープン性をビジネス層に分かってもらうために必要なのかもしれないが、そういう(ワタシには)分かりきった話を書くなら、もう少し具体的な話が欲しかった。例えば、上で Google の名前を挙げたが、著者は本書で「フォース・パーティ」になれる可能性のある企業として真っ先に Google を挙げている。Google が広告モデルを捨て(?)「フォース・パーティ」になるストーリーを書き上げれば本書には相当なインパクトが加わっただろうし、それと同時にプライバシー管理をどこまで一企業に任せられるのかという問題も真剣に考えざるをえなくなると思うのだが、求めすぎだろうか。


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