yomoyomoの読書記録

2011年11月10日

速水健朗『ラーメンと愛国』(講談社現代新書) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 なぜ近頃のラーメン屋の店員は作務衣を着るのか(本書では「作務衣系」という造語が使われている)、店内に相田みつを風の手書きの人生訓が飾られるのか問題については、確か『自分探しが止まらない』の頃から著者は言及していたはずで、新刊がラーメンをテーマにしていると知ったとき、今回はその線からの『自分探しが止まらない』の続編的な内容なのかなと予想していた。

 しかし、本書はラーメンの普及と変化を通し、グローバリゼーションにおけるローカライズ、日本人にとってのもの作り、そしてナショナリズムまで論じる紛れもない日本文化論である。帯にある「ラーメンから現代史を読み解くスリリングな試み!」は大げさではなく、いささか強引な展開を感じさせるところもあるが、些細な手がかりからぐいぐい引っ張り読ませるところなど『ケータイ小説的。 "再ヤンキー化"時代の少女たち』を思い出させ、惹きつけられるものがあった。

 本書は、戦後安藤百福が闇市の支那そば屋台にできた行列を見るところをスタート地点とする。戦前は都市に住む下層民の夜食だった支那そばが「国民食」としてのラーメンになったのには、台湾生まれの百福の業績に負うところがあまりに大きいわけだが、その背景となる素地として当時生産力を持て余していた小麦の処置を目的とするアメリカの小麦食普及戦略があり、一方で洋食化、パン食化への百福の反抗心があったという日中米台のナショナルアイデンティティーの交錯に注目している。

 そこから本書は、日本人にとってのもの作りの捉え方、昭和33年をキーとして各世代で共有されたラーメンの記憶、国土開発とリゾートといった話からラーメンを媒介として戦後の経済史、社会史を読み解いていくわけだが、そこに関係者の思惑の交錯とその受容の間の微妙なズレ、そしてファストフード相当から「ラーメン道」と形容したくなる大層な食べ物に変化していく過程で偽られる歴史、フェイクを随所に見出しているのが本書の特色である。

 面白いのは、そうしたズレ、フェイクをしっかり指摘しながらも(石原慎太郎都知事への言及は笑った)安易な嘲笑や断罪で切り捨てるのでなく、表層的な模像としての日本への回帰、つまりニセモノの伝統でも問題ない、という結論に最後に辿りついていることで、これは少し意外な感じがしたが、独特の柔らかい読後感を与えている。

 ……のだが、最後の「あとがきにかえて」で書かれなかった最終章の話を読み、少し印象が変わってしまった。著者はラーメンの海外進出の話とともに日本の未来とラーメンについて論じるつもりだったが、3.11以降の日本の輸出産業と観光産業の深刻な打撃を受けてそれを諦めている。だが、個人的にはだからこそその最終章を書いてほしかった。それはかなりシビアな内容になるだろうし、本書に書かれる表層的なナショナリズムにとどめを刺すものになったろう。そこまで書くと分量的に新書の枠を超えるのかもしれない。読後感も確実に悪くなるはずだ。しかし、そうしたグローバルな視点からの最終章があれば、本書はもっと高みに上り詰めていたと思うし、著者にはそれから逃げないでほしかった。

 以上はないものねだりだが、ラーメンという日本人なら誰もが一言語りたくなるものについて書きながら、ラーメンからいきなり宇宙まで飛んでしまうようなラーメンセカイ系(そんな言葉はないが)な本でないのは当然にしろ、ちょっと書きたくなるような著者個人のラーメンにまつわる逸話など一切盛られてなく、そうした対象との距離のとり方もらしいと思ったし、日本における品質管理意識を高める役割を果たしたエドワーズ・デミングの話など個々のエピソードが充実しており、面白い本を読ませてもらった。麺、スープ、具のどれも好みのラーメンを食べたような満足感にたとえられるだろう。

 さて、ここからは本書の内容から外れた話である。ワタシもかなり昔にラーメンについて文章を書いたことがあって(その1その2)、なんとなくとんこつスープがラーメンのスープの元祖だと思い込んでいたくらい無知な人間だったわけだが、先日帰省して老父と焼き鳥屋で飲んでいたとき、二人ともも若い頃、博多のラーメン屋における替え玉のシステムを知らず、ラーメンのスープを飲み干してからもう一杯と注文し、店の人に笑われるという共通の経験をしていたことが分かった。

 これには理由があって、ワタシの故郷である長崎は、博多と同じく北部九州にあるのに驚くほどラーメン文化がない土地だからである。実は、本書には何度かその長崎について言及がある。例えば、ラーメンが日本に入ってきたのは、明治中期に「南京そば」として横浜や長崎の中国人居留地の屋台料理としてである。現在まで新地という中華街があるのだから、渡来の地としてラーメン屋が多くてもよさそうなものだが、実際には長崎にはラーメンの有名店が皆無と言ってよいし(強いてあげれば思案橋ラーメンくらいだが、あそこは福山雅治が贔屓にしているのと、何より立地が良いだけだ)、ご当地ラーメンに類するものも聞かない。

 その理由について父親に尋ねたところ、麺類では先にチャンポンがあったからではないかという答えで、そういえば本書にもとんこつラーメンのスープの白濁は、チャンポン由来であるという話が出てくる。

 坂口安吾は「安吾の新日本地理 長崎チャンポン――九州の巻――」で、戦後長崎のチャンポン屋でカナダライのような平鉢に野菜が山のように盛られたチャンポンを女学生までもが食する様に驚き呆れているが、このあたりを個人的に調べてみたくなった。


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