yomoyomoの読書記録

2007年05月08日

筒井康隆『小説のゆくえ』(中公文庫) このエントリーを含むブックマーク

表紙

 元々は著者が創設以来ずっと選考委員を務めている三島由紀夫賞などの選評をまとめて読みたかったので購入した本である。本書と同じく三島賞の選評が収められた『悪と異端者』の読書記録にも書いたが、三島賞に筋を通してきた著者の見識は、必ずしも選考で賛同を得てきたわけではない。

 小林恭二しかり、柳美里しかり、町田康しかり、いずれも最初おれが推して賛同して貰えなかった人である。その後評価が定まり、傑作を書いてから賞を与えるというのでは、新人賞とは言えないのではないか。(p.172)

 一方で三島賞や谷崎賞の選評の中で、受賞作から刺激を受け、作品の着想を得たことを何度か書いているのは一種のライバル心のあらわれだと思うし、そういう素直なところに改めて好感を持った。

 本書は著者の断筆宣言後に書かれたエッセイ百篇が収められているが、他の人の本に寄せた短い推薦文なども多数含むため、それほどボリュームは感じなかった。そのかわり本書には、岩波書店の『21世紀 文学の創造』シリーズに収録された「現代世界と文学のゆくえ」、「超虚構性からメタフィクションへ」という読み応えのある評論が最初に配されている。

 ドーキンスのミームの概念と文学における準拠枠の相似性、「この小説は『文学は死滅した』という認識なしに書かれている」といった結論先にありきの議論への反発、そして最初から虚構であることを前提とするSFの超虚構性といった話は面白かったが、「文学者は現に起っている戦争を書くことはできぬという以前に、それは書いてはいけないことなのかもしれない(p.32)」というのは、うーん、どうなんだろう。

 全般的に言えば、パソコン通信、断筆宣言、関西淡路大震災、『筒井版 悪魔の辞典』といった90年代以降に著者が関係した話題に関する文章が多いが、やはりこの年代になると鬼籍に入った仲間についての文章が多くなる。

 それにしても、広瀬正、大伴昌司、福島正実、星新一、光瀬龍、半村良と、SFの人たちはどうしてこんなに短命なのだろう。ああ。今はもうとても寂しくなってしまった。(p.220)

 なお本書に収録された「私の死亡記事」によると、筒井康隆の最後の長編は2006年に書かれ、最後の舞台出演は2009年、そして最後のテレビ出演は2015年とのことだが、それはさておき自身のことを「名優とされた」と書くとは、彼ほどの人でも歳を取ると自己認識が甘くなるようだ。


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